重大な決断を避けたいが時間がない。 自分が苦しいときに,,,

nonameさん
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noname
さん

重大な決断を避けたいが時間がない。

自分が苦しいときに重要な決断をするのは避けたい。
だけど、一向に自分の中になんとかなりそうなものが育まれておらず、周囲の支援にもうまく繋がれてる訳でもないにも関わらず時間が迫っているときはどうしたらいいでしょうか。実はいま、進路に関する具体的な課題が差し迫っています。その進路も、決してこれと言えるものではなく、頭の中でブレーキもアクセルも踏んづけた状態で選んでいます。

僕は、高校の頃のに鬱病のような状態になってから生きている実感がなくなったこと (これがないのが2番目につらい)、自分が何を好きで何が嫌いかわからなくなったこと、自分の中にそれまで自明であったこの世界に対する安心した気持ち(1番辛い)、そういうことをうまく言葉にできず、そもそも人を信用しきれずSOSを出すのが苦手だったことから、ひどく不安定なまま卒業しました。大人になったいまなんとかしようとしているのですが、根本的な解決に至っていません(詳しくはhttps://menhera.jp/qa/1565を見てください)。

もちろんそんなに焦らなくても、なんせ人生に関わる決断だからそれすら先延ばししたっていいさ、やりながら先にことを考えればいいさ、という考えもあるのでしょうが、まず社会的な時間や生物としての時間は待ってはくれません。そこまで達観した考えになれません。それに8050問題やそれに関する専門家の「手遅れ」というしかないコメント(正直、専門家が「手遅れ」とメディアでいうのはどうなんだと思います)を見て、自分も何もしなければそっちにいくなという予感はあるのでプレッシャーを感じています。また、やりながら動こうにも、この社会はどのような社会なのか、そこにはそのような人間がいるのか、その社会に向けてどの方向へ向かっていくのか、もしもつまづいたり迷ったらなにを指針にすればいいのか、そんな不確実な世の中に生きる恐れをある程度飲み込んで、自分の選択に責任をもてそうか、……そういった、動くための最低限度の能力と姿勢とそれを支える精神的な安心感(これらは生きるための基礎的な力だと思う)がつかないまま来てしまっており、その意味でも怖いです。

正直言って一度大人をやめたいです。自分で自分の責任が持てないからです。まず、こういう無責任で中途半端を続けるととても疲れますし、注意しないと本当に周囲を困らせます。特定の誰かに寄り添ってほしいという願いも無視できませんでした。そして、この訴えは自立したくないと言っているのではありません。安心してただいる自分を許し、生きている実感をありありと感じ、そこから物事を考える力を養い、自分を知った上である程度社会を見回して自分はどうなりたいかを見定め、ダメならまたやりなおしてみる、どうしても無理なこともあるのならそれは飲み込もう……という最低限の能力と自分に納得できるだけの態度を作ってから、大人に復帰したいというだけです。精神的な拠り所となる方に全人的に頼ること、社会と経済の時空から切り離された場にいること、そこで諸所の力を育むこと。こればかりは自分だけでは至りませんでした。

今はカウンセリングに繋がってます。考えは少し整理できるようになりました。ただ、それが自分の根っこの部分の安定感につながるかと言ったら少し別モノかもなというのが今の感想です。今受診しているカウンセラーは、「私は親のような精神的な拠り所の役割に応えられない」と明白に言われました。しかし人としていい方だし、よく話を聴いてくださり、その意味ではありがたいです。頭が多少は整理できるのはありがたいです。正直全部喋ることはできませんが、その一部でも聴いてもらえることに安心感もあります。そして長期的に見たら結果はわからないので今も通い続けています(2月末〜)。

僕は今、カウンセリングを続けながら、近い距離で寄り添ってほしいというSOSを出し続けながら、何度も襲ってくるセルフネグレクトと生きている実感のなさの波に抗いながら、何をどうすればいいのかわからないけどせめて自分はどうありたいかをカウンセリングを通じて考えながら、心の声に耳を傾けてそれを指針とし、懐中電灯の届く1m先まではわかるので、地道にそこを歩き続けています。失敗を恐れるな何度でもやり直せるんだ諦めてはいけないと自分に言い聞かせながら恐怖突入しようとしています。時々、考え方を柔らかくする本も読んでいます(例えば壁にぶつかった時、その壁を遠回りする?ロープをかけて登る?誰かに助けを求める?穴を掘る?力を蓄えてパワーで壊す?みたいな、問題に対していろんなやり方をしぶとく考え向かって向き合っていく本です)。多くの人がマッチョなやり方を求められるのも求めるのも嫌だと思います。僕も嫌です。しかし状況がそれを許さないなと思っております。

今のあなたに何ができるのかと言われたらこういうことしかできません。他人に頼れないからこういうことをやっているのかもしれません。それが正しいのかわかりません。今やっていることをガラッと投げ捨てる訳にもいかないし(それはそれで、極端すぎる決断だと思う)、なんやかんやで僕は自分の人生を諦めたくない、助かりたいんだなと感じています。でも、できるのなら、就学前教育期や義務教育期のよな、無条件に守られる支援がほしいです。

……ここまで書いたものを見直してみて、やっぱりまだまだいろんな考えが整理できてないようです(汗)。
みなさんはどのようにして乗り切っていますか。
現在の努力のあり方にしろ援助要請のあり方にしろただただ聴くしかできないというにしろ、もしも何かしらお考えがあるのならお聴かせ願いたいです。



※本当に申し訳ないのですが、これ以上コメントを具体的に説明できません。特に「重大な決断の中身ってなんなんだ」と多くの方が思われるでしょうが、頭に負荷がかかることと恐れが勝って限界です。これ以上は日数と推敲を重ねても筆が進みません。ただ、カウンセラーの方とは一応お話できている、とだけ書かせていただきます。
※「(端的に)◯◯ってどういう意味ですか。」「(端的に)あなたが何をいいたいのかわかりませんでした。」というコメントや、論理的になぜ?なぜ?と聞かれ続けられると、とても精神を削られます。コメントしてくれる方はそういうつもりでないと思いますが、僕自身がどうしても耐えられません。自由な表現の場でこのようなことをいうのは問題ですが、できればそういうコメントは控えてほしいです。もし、それでもどうしてもわからなくて気になる内容があれば、何か優しく受容的にお訊ねしてほしいです。
※「自分でがんばるしかないんだよ」「自分で自分を甘えさせればいいんだよ」「人は人、他人は他人」「大人になるってそういうことだよ」「みんな色々諦めてる」「どうしようもない」「過去は変えられない」「情けない」みたいなコメントも控えてほしいです。正論も絶望も耐えられません。議論も求めていません。

焦り気味の頭で書いています。
具体的に書けず回答しにくくさせていることを、ご容赦願います。
乱文失礼しました。

重大な決断 カウンセリング 進路

回答一覧

ダメじゃない
ダメじゃない
さん
ダメじゃない
ダメじゃないさん

おはようございます。
だいぶ色々な思いが交錯されているようですね…。
質問を冒頭の一行に絞り、コメントに対する注意点以外の私情や考えを補足として回答します。
もしかしたら意思をくみ取り切れていないません、すみません。
ただ、根性論とかであなたを責めているつもりはないので、なるべく優しい口調で読んでもらえるとありがたいです。
恐らく、長くなります。

根も葉もないですが、病気の有無に関わらず、人間生きていく上で、どうしてもがんばらなきゃいけない時や無理してでも踏ん張らなきゃいけないような正念場ってありますよね。
そう言う障壁って、自分が楽になるためのものだったり、長い目でみると、ゆくゆくは自分が快適になるために乗り越えないとならない物事が多いのではないのでしょうか。
特に進路関係だと、そう思います。

そう言う決断を迫られた時、他者に助けを求めたり助言を求めるのはもちろん大切ですし、誰しもがそれを求められるわけではないので、困った時にSOSやヘルプを出せるのはnonameさんの長点だと思います。
この先も、生かしていってもらいたいところです。

しかしnonameさんの人生ですので、どんな時も最終的な決断を決めるのは自分自身です。

自分の軸がしっかりしていないと、物事を決めるのはとても困難です…私自身も親の意に逆らわないよう生きているため、そう言う節があり、共感します。
大きな決断の局面、失敗する不安、恐怖も少なからずある気がします。
失敗するのは怖いですが、失敗も生きていく上で避けては通れないものです。
なぜなら成功と失敗は、相対的にあるからです。片方だけでは成り立ちません。

後悔しそうな時、思い出してほしいことがあります。
どんな結果であれ、その時した決断が、その時のあなたにとっては最適だったんです。
結果としてうまくいかなかったとして、その時のあなたは何も間違えていないんです。
あなたは何も悪くない、むしろがんばって悩み考えた末に決断したんです。
うまくいかなかったら、また色んな人に相談して対処法を考えたらいいと思います。
私もnonameさんも同世代なので人生は語れませんが、人生、そう言うことの連続だと思います。
そこを絶対忘れないようにして下さい。
過去のあなたも、今現在のあなたも、全部悪くないし、同じ自分自身です。
後悔は、乗り越えて成長した自分からしか生まれないものだと考えています。

さて、「決断」とあるので、選択問題やYESかNOかで決める問題だと解釈します。
これ、悩んで決めてもサイコロやコイン等で決めても、確率的にはほぼ同じらしいです。(以前、漫画でわかる心療内科で読みました)
とは言え、重大な決断をサイコロに委ねることは、私にはできませんでした。
まとまらない頭で、これでいいのかな?大丈夫かな?と言う不安を抱えつつ、各々のメリットデメリットを書き出してみたり、選択した先の想像をしたり、図にして整理したりして、禿げそうなほど悩んだりもしました。
あまりのストレスに悩むことすら放棄して、「もう適当だけど、これでいいや。ここで何も決断しないよりは、たぶんなんとかなる」と自暴自棄気味に開き直ってしまうこともありました。
最終的に決断する時は、「まぁどうせうまくいかないだろうし」と諦め半分の気持ちで決断することも多かったです。
その方が、あとから「やっぱりな」となるので、受けるダメージが少ないからです。

結局は「自分で決めるしかない」と言う意見しかなく、申し訳ないです。
無条件に守られていたとしても、決断に関しては大人も子供も同じ条件だと思います。

質問者のコメント

ダメじゃないさん、回答ありがとうございます。
今考えていることを書いてみましたが、長くなってしまったので、別個の回答として書かせていただきます。よろしくお願いします。

nmc
nmc
さん
nmc
nmcさん

拠り所欲しいですよね。大人になるとなかなか新しく見つけるのは難しいですけど。
私の場合は家族に頼れないので依存先を分散させることでなんとか保っています。
旧い友人も居ないのでペットの猫、趣味の繋がりの友人、職場で仲良くなれた人、精神科医と内科医くらいですが。あとはこういうネットの不特定匿名のサイトとか。
決断が進む/やめるようなものなのか複数の選択肢の中から一つ選ぶようなものなのかわかりませんが、とりあえずどれかに決めてみて進んでみては?と思います。
恐らくどれを選んでも後悔はあるかもしれませんが、考え込んで完全に止まってしまうよりはやってみてエラーが起きたほうが情報が収集できますし、前に進めるというか。
私はやりたいこととか目標とか将来のビジョンとかそういうものが何もないまま流れるように生きてきて非正規の仕事でフラフラしている人間なので、偉そうなことは言えないのですが。
寝坊したりあーもーむりー今日は無理!!仕事行きたくない!!って思ったら体調が悪いので休みます!って連絡して休んでしまいます。何ヶ月に一回とかですけど。
そして美味しいものを食べて一日好きなことだけだらだらやって回復を試みてます。
乗り切る方法といってもそのくらいしか思いつきませんでした…。

決断から逃げ続けてきたので思うのですが、決断しないというのもひとつの選択ですね。でも大体逃げた結果は何も決断しないより状況が悪くなった気がします(逃げたらだめというわけではなく、私自身の話です)
人の生き方とか進路に関して何が正解というのは無いと思うので…、自分自身が納得できるような選択ができると良いですね。

質問者のコメント

nmcさん、回答ありがとうございます。
回答を受けて今考えていることを書いてみましたが、長くなってしまったので、あたらに回答を書かせていただきます。よろしくお願いします。

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

何度かコメントさせていただいている まめ です。

今回、「決断」することの難しさを訴えられていることをお伺いして、そういえば、AC「アダルトチルドレン」については、お話ししたことがなかったな?と思い、もう一度コメントしてみました。

ACのことは、聞いたことがありますか?
機能不全な家族のもとに育つと、安心感、安定感、自己決定、、、そういった「個人の軸」を成すための特性が十分には培われず、大人になると不安定な人になってしまうことがあります。そういった困り事を抱えた人のことをアダルトチルドレンといいます。
正式な精神疾患名ではありませんが、精神疾患の原因になることが多いです。

私もアダルトチルドレンhがもとで発病しました。

一度、ネットか本などで調べてみられると、また、自分自身への対処法が見つかるかもしれません。

ちなみに、私の主治医が、アダルトチルドレンのメカニズムや自分での対処法をYoutubeにアップしていますので、ご覧になってみるのもいいかもしれません。
ドラえもんのジャイアン・しずかちゃんなどの例えがとてもわかりやすいです。

「廣瀬クリニック Youtube」のワードで検索できます。
そこで紹介している「うつは治る」の本も、鬱とはうたっているものの、同様なメカニズムと対処法を挙げているので参考になります。アマゾンでも買えます。

お気が向いたらどうぞ。

質問者のコメント

まめさん、回答ありがとうございます。
回答を受けて今考えていることを書いてみましたが、やはり他の皆様と同じく長くなってしまったので、別に回答を書かせていただきました。
よろしくお願いします。

めんへらーZ
めんへらーZ
さん
めんへらーZ
めんへらーZさん

できるだけ気をつけて書くつもりですが、このコメントで傷つけてしまったらすみません。

具体的なことを書くのには勇気がいりますよね。分かる気がします。私の方も抽象的な答えになってしまいますが、私の感じたことを率直に書かせてもらいますね。

しんどい時に判断をしてはいけない、といいますが、判断は必ずしも先延ばしにしなければならないということはないと思います。
だって人間そんなの無理ですから。
そのかわり、しんどい時に判断を迫られるようなことがあったら、家族や医者やカウンセラーともしっかり相談することが大事なんじゃないかなと思います。
もし的はずれだったらすみませんね…

それからマッチョなやり方の努力について。私はおすすめできません。状況がそれを許さないならば、その状況から身を置くことが大事だと思います。無理してでも。なぜなら、マッチョなやり方をすると、メンタル弱っている人間は、もっと弱っていくからです。健康の為にも身を置いた方がいいと思います。
こちらも的はずれだったらすみません…

考え方を柔らかくする本、とありますが、一度それをカウンセラーさんに見せてみてはいかがでしょうか?
カウンセラーさんは考え方を柔らかくさせるためのプロですから、どちらかというと本よりも、カウンセラーさんを頼った方がいい気がしました。

私も支離滅裂になっちゃったかもしれません。
すみません。

質問者のコメント

めんへらーZさん、回答ありがとうございます。
傷は受けていませんよ!大丈夫です(*´∀`)
回答を受けて今考えていることを書いてみましたが、長くなってしまったので、別に回答を書かせていただきます。よろしくお願いします。

noname
noname
さん
noname
nonameさん

ダメじゃないさん
お返事ありがとうございます。このサイトに来て1年は経ちましたが、一番胸を打たれる回答でした。

最初はダメじゃないさんのお返事を読んで、「最後に決めるのは自分」も控えてもらうべき言葉にすべきだったかな?と思ってしまいました。正論だけど、僕にとっては「自分で決めるための最低限の力がないから困っているのに『決めるのは自分』って何?」という話で、これを返されると僕がフリーズして何も言えなくなるから、またこちらの話を聞かずにパターンのようにそれを言う人も少なくなかったからです。
でも今回はそこまで憤りを感じませんでした。まず、消極的ながらも今日まで来たことの経験が積み重なったのもある気がします。そしてなにより、ダメじゃないさんの葛藤ぶりに共感できたことと、僕の自分の軸がないこととそれにまとう感情を考慮してくださった上での「自分で決めるしかない」があったからです。

「結果としてうまくいかなかったとして、その時のあなたは何も間違えていないんです」
「あなたは何も悪くない、むしろがんばって悩み考えた末に決断したんです。」
「過去のあなたも、今現在のあなたも、全部悪くないし、同じ自分自身です。」
このようなお言葉、とても嬉しいです。数年前に生身でこれを言われたら、とても普通ではいられなかったでしょう。

「後悔は、乗り越えて成長した自分からしか生まれないものだと考えています」
僕はそこまで建設的な見方はできませんでした。
確かに成長しなければ、何が良くて何がまずかったかすらもわかりようがありませんね。と言ってもそんな自分をすぐに喜べないのですが(笑)、こういうことを頭の隅に置いといても損はない気がしました。後悔を建設的に考えるというのなら、自分の心がどこに向いているのか、それをどれほど大事に思っていたのかも知れますね。自分の軸づくりや方向づくりの糧にもなりそうです。

ダメじゃないさんの決めるときの葛藤ぶりも、とても共感できます。最初に吐き気を催すほど悩み、最後は悟りの境地のような心境(考えることに疲れた?)で決める。僕もそうなります(笑)

「困った時にSOSやヘルプを出せるのはnonameさんの長点」
これが一番驚きました。むしろこれまでが(そして今も)真逆の、SOSを出せない身だったので。
これでいいのかと迷いながら、無気力の手に全身を引きずられながらの選択でした。
ちゃんとヘルプを出せる生き方、いつか軌道に乗せたいですね。

僕は中学までが一番健康体で、弱いアイデンティティですが軸があったので、時間はかかったり失敗があっても、自分なりに納得できるような決断を進められました。だからこそそうでなくなった状態での決断は耐え難いものがありました。今決めてはまずいとハッキリわかっているのに何もできないからです。
時間は流れます。人生の局面は容赦無く来ます。局面に関する選択ばかりは「失敗したら何度でもやり直せばいい」はあり得ません。納得できないのに責任ばかりが募り、なんでああしたんだと後悔した選択や納得感が湧かない選択、良し悪しがわからない選択も多かったです。
今もその渦中にありますが、少しは、前よりもそんな自分を受け止められているような気がします。

相変わらず決断はしんどいです。
なんとなく、これですっきりするということは起こりそうにない気がします。
杞憂だったらいいなあ。そんな感じで揺れながら、当たるも八卦当たらぬも八卦、やるだけやってみようと思います。

noname
noname
さん
noname
nonameさん

nmcさん
お返事ありがとうございます。
nmcさんの乗り切り方が、ラフで気持ちよく思えました。そう簡単になんとかできない問題でも、自分をすり減らさずに、できる限り良い方にってゆく態度だからかもしれません。

僕は逃げ続けてきました。別の方の回答にも書きましたが、中学までの"まとも"に考えられる状態が高校に入って一転し、わかっていても不本意で避けられない決断をしなければならないことに耐えられなくなったからです。"まとも"に回復してから決断したかったからです。そして僕が拠り所を求めるのは、それが僕にとって"まとも"に戻るための支援と感じるからです。破綻が起きた直後にSOSを出せなかったことは、一番最初にして一番の過ちだったと思います(と言っても、子どもの頃の自分にそう言うのは無茶苦茶ですが……)。
決めなければ状況は悪くなる。本当に言われた通りです。しかし、行き方や進路には正解はないとも言われて、「たとえ納得できないものを選んだとしても、それはあくまでも自分が納得できたかどうかの話であって、それが人生に対する正解/不正解と言えるのかは関係ない。」と見ることもできるのかな?と思えました。そうであればそれは救いのある見方です。
僕は今でも、「良かった時期の選択があなたにとっての『正解』だったか」と訊かれたら、そうだと言います。でも、誰かが決めた回答を生きているわけでもないので、この「正解」は「納得」の域から離れません。うまく言えないけれど、人生が良くあろうが悪くあろうが、そういう見方も必要なんじゃないかって思えました(抽象的でスイマセン)。

話があっちへいったりこっちへいったりで読みにくいかもしれません。申し訳ないです。
それでも、以前よりはこういう話を受け止められているような気がします。
うまく説明できませんが、自分も消極的ながら積み重ねたものができたからかもしれません。
やってみれば少しでも前に進める。確かにそうですよね。
やるだけやってみようと思います。

noname
noname
さん
noname
nonameさん

めんへらーZさん、ありがとうございます。
僕もまたまた回答が支離滅裂なのですが、読んでいただけたらありがたいです。

言われていることは一通りやりました。
家族には相談できません。父親は親子の役割を逆転しており、精神的に依存してきます。母親も父親と弟(僕の弟は就学前から成人に至る今まで引きこもりです)の対応、仕事の大変さも含めて疲れ切っており、まともに頭が回らないように思えます。僕はこれまでも、小出しに相談したり半年ほど引きこもったこともあります。なんとか相談したら変わるかもしれませんが、第三者の粘り強い介入がないと厳しそうで。

マッチョなやり方は僕も嫌です。しかし「今あるAかBかどちらかを選ばないと以前より状況が悪化する可能性は高いですよ、でも今のあなたにそれほど考えたり人に助けを求めたり力を付けるだけの時間はありませんよ」という”状況”なので、”状況”から身を置くための状況が作れないです。もちろん、これも僕の視野の狭くて歪んだ思い込みの可能性はありますが、今はこれを変えらえるほどの判断能力や精神的安定、成熟具合が追いついていません。
(一方で、昨日カウンセリングに行った時にこの話をしたら、カウンセラーさんに「私はどれだけ(クライエントが)様々な締め切りが迫ってるとしても、重要な決断はすぐには下さないでほしい、と言います」と言われました。なにか違う見方ができるかもしれません)

考え方を柔らかくする本は、カウンセラーさんにも紹介しました。カウンセリングに通ったからこそ、考え方を柔らかくする本を手に取ったと言えるかもしれません。僕もわずかですが、少しでも助かりたい、よりよく生きたい、少しでもよくするための態度が身につくのならと思えたのです。
そういえば「カウンセラーさんは考え方を柔らかくしてくれるためのプロ」と聞いて、今更ながらカウンセラーはそういう役割なんだよな、と気付きました。受容を目的に通っていたので、ちょっと機転が回らなかったです。次回までにカウンセラーさんならどう考えるか、いろいろ訊いてみたいです。

いろいろと否定的に書いてしまいましたが、たくさん考えて書いてくださることはとても嬉しいです。
僕も、何か言おうとするとすぐ抽象的な言い方になりがちです。具体的なことを言うのはとても怖いです。いつも心のどこかで「本当のことを言ってもいいですか?」と思いながら、具体的に言おうとしてもなぜか抽象的に喋ってしまいます。それは言った後の呆れられた顔や不快そうな顔が怖いから、それまでは対等だった態度が「あいつはああ言うやつだ」という見下しの態度や「もうどうしようもない」という諦観の態度に見方が変わってしまうこと、その挙句勇気を出して言っても「自分でなんとかするしかない」と言われることが怖いからかもしれません。拒絶や絶望を提示され、大切にしている想いや考えを壊されたくないからかもしれません。
でも、それだけのもの現実の世界に形として言うからこそ、それが自分の救いとなり、自分の人生を作ることにつながるものそうなんですよね(こう言ってすぐに何かが変わるわけではないのですが)。
語るって、難しいです。

逃げられないとばかり思い込まず、できるかぎり安心してやれる道があるのか、目を配りたいです。
あと、「君はいつでも逃げれるんだ!勝手に逃げられないと思い込むな!」と、自分に言い聞かすのもありですね。
慎重なお考えとお気遣い、とてもありがたいです。

noname
noname
さん
noname
nonameさん

まめさん、お返事ありがとうございました。
まめさんは以前も返事を下さりましたね。覚えております。

まめさんから直接アダルトチルドレンのお話は伺ったことはありませんが、どういうものかは大体わかります。昔はたくさんの本やHPを漁りました。書いてあることも自分なりにいろいろ試してみました。けれどある時期から、自分から頑張るのではなくて誰かに甘えてなんとかしたいという気持ちに嘘がつけなくなったこと、自分の状態は自助努力ではなくて、誰かに介入されたり支えられることを基盤にしないと厳しい状態だと気づいたこと、「アダルトチルドレン」という言葉で検索すると怪しいHPや不安定な発信者ばかりが出てきて胡散臭く感じてしまったことなどで、今では距離を置いています。

動画はまめさんの主治医の方なのですね。いくつか視聴させていただきましたが、考えを押し付けるのではなく、理論と経験から語る感じはいいですね。多くのアダルトチルドレンの方が、決断に難儀しているのは知っています。僕と共通する部分も多いと感じます。「アダルトチルドレン」という言葉に囚われず、今の自分が不快にならない程度で活かせるものがあれば、活かしてゆきたいですね。

ありがとうございます。

匿名
匿名
さん
匿名
匿名さん

私にとって、就労移行支援事業所の、そうですね、名前を出すことは避けましょうか、〇〇に通っていた時は、小学校に戻った時のような安心感、がありましたよ、半年ほど通ったのですが。
そこは'発達'の専門で、同じ仲間の利用者さん達の様子や、そうですね、センターの制度が、(日直制度や時間割表のような物の存在、日誌に赤ペンのスタッフからのコメントなど、でしょうか、毎日通ったこと、支援計画表の存在も)、よかったんだとおもいます。
私はそこで就労訓練をしましたが、柱は自己理解、ええと、自分がどういう風なのか、(発言することを避けるあまり分からないことを分からないままにしている状態だな、と気付いてそこから質問をするようにしたこと、電話ができないのは第一声の名乗り方が分からなかったからなのだと分かって段々出来るようになったり、グループディスカッションのやり方が分からないままずっと来たけど、発言はその内容が話されている時、つまりその話題の時に言う必要があること、など、結構大きな大事なポイントを、二十歳過ぎて、学べました。それから、話のできる人も、ひとり、ふたりと当時できました、いました。それから、離れてからは、視覚、聴覚、触覚、アイテムを工夫して使って調節したりしてみることや、普段目に入る、部屋環境を、整理整頓時間をかけて、やってみていきました。と話が少し逸れてきてしまいましたね。

中学、高校、大学、と気取って、でも弱いどうしても難しい分野があるんだけど、取り組もうにも材料・環境が無くて、一人で頑張って、辛くて、得意なこともできなくなって、、、自分も、大人になった自分だけど育て直してもらえる学校に通いたいと思ってた、気持ちが分かる気がしたので、書きました。
育てたいのは、人とコミュニケーションをとる部分、ではないでしょうか、と思うのですが、もしあまりそぐっていなければ、すみません。就労移行へ行った経験を、書かせていただきました。

質問者のコメント

お返事有難うごさいます(長らく投稿に気づかず申し訳ありません)。
「小学校に戻った時のような安心感」羨ましいです。「中学、高校、大学、と気取って、~書きました。」は嬉しいです。僕は匿名さんのいう就労移行と違うかなというのが実感ですが、自分の存在そのものが無条件に支えられてる(これは少し言い過ぎかもしれませんね)と感じられる場所から自己理解〜他者理解〜自立へ移行したいのは同感です。