死にたがっている人を生かすことについてみなさんはどう思い,,,

負け猫さん
回答数
9
負け猫
さん

死にたがっている人を生かすことについてみなさんはどう思いますか?

うつ病の症状など、精神的な問題で判断力のない状態で死にたがっているのではなく、経済的な事情や身体的な進行性の不治の病や身寄りがないことなどを踏まえて、冷静に判断して生きていくことができないと判断した人の自殺行為を救急車を呼んで閉鎖病棟に入院させて止めることについてどう思いますか?

私は、死にたがっている人を生かすならその人が生きるのに必要な経済的精神的様々な面での責任を負う必要があると思うんです。

自分自身が、生きて欲しいと言われて死ぬのをやめたのに、そのあとは生きるために必要な精神的サポートや病気のサポートを放置されて、無責任なことをされて憤った経験があるからです。

みなさんはどう思いますか?

自殺未遂 自殺 措置入院

回答一覧

今生きている
今生きている
さん
今生きている
今生きているさん

全くもって同感です。
私は尊厳死かつ安楽死に肯定的です。
私も希死念慮が強く、死にたいと隣り合わせでいつも生きています。
その死にたいという気持ちは、負け猫さんがおっしゃる通りの内容で先が見通せないことへの絶望感から逃れるため。一生絶望なら、今、これから生きること自体に意味がないという意味で死にたいと思うのではないかと私は思います。
生存権があるのに、現状は情報や知識量に乏しいものは生活保護の条件を満たしていても追い返されたりしているのが現状です。生存権が平等に機能しないなら、死亡権も認めてもいいのではないかと思います。困ったら行政に相談してくださいとか、生活保護制度がありますなんて、国や行政の表面上のきれいごとですよ。
国の福祉って、自殺をさせないことが目的であって、自殺をしないような社会システムを作ろうなんて考えてませんからね。
優性思想で弱者を切り捨てたいなら、安楽死や尊厳死を認めろよという話。



質問者のコメント

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負け猫
負け猫
さん
負け猫
負け猫さん

みなさん貴重なご意見ありがとうございます。

つい昨日おとといの友人の自殺未遂だったので、まだ自体も落ち着いておらず、とりあえず閉鎖病棟に入院中という状況で、こちらもあっちこっちに連絡をとったり身寄りのない友人なので必要なものを揃えたり死にたがってたのに止めてしまったことへの精神的なサポートをどうするかでてんやわんやな状況です。

みなさんひとりひとりに丁寧なお返事をしたいのですが、通報からの病院訪問など睡眠も減っていてとても頭が回らないので、みなさんのコメントを読んだ上でまとめて自分の考えたことを話したいと思います。

友人は不治の病で生活保護も受けていて身寄りもなくあと10年くらいの命だと常に言っていました。精神症状ではないこともあり、処方薬の中に1日4回以上の吸引で心停止になる副作用のある吸入剤がありました。

常日頃から、「限界がきたらこれでいつでも死ねるようになった」と言っていて、死ぬときは(体の痛みが)限界の時だから止めないでほしいとずっと言われていました。

私には想像のできない痛みがあるのだろうと思っていたので、私は止めないと決断して、「今から死ぬけど、残されたパートナーを支えてあげてほしい」という遺言をラインで残されました。私は、楽しい友人生活だったことを伝え、相手のパートナーのサポートは任せてくれと伝え、お別れを言いました。

その後、パートナーの方から助けたいと連絡が入ったので、混乱しているパートナーの代わりに通報して救命され現在閉鎖病棟という流れです。

自殺するときに人に伝えたのは、未練ではなく、孤独死のときに誰にも発見されずアパートに腐敗臭を出してしまうことを避けたかったからだと思います。死んだ後の死亡確認と回収をされたかったのかと。そのような旨のラインも残っていました。

閉鎖病棟の中に入った日に1度友人と事務的な面会をしましたが、そのときは薬が効いているのかぼーっとしていてなにを考えているのかよくわかりませんでした。

私はヘルプサインとしての自殺未遂や自殺宣言は止めるべきだと考えますが、今回はわからなかったんです。ヘルプサインではなかったんじゃないかと思って、だから、生かしてしまった自分に責任がある気がします。

みなさんの回答を読んだ上でも、やはり悩んでしまいます。みなさんも複雑だと捉えているようなコメントが多く、やはり難しい問題なのだな、と感じます。

行政は確かに生きるために色々助けてくれるかもしれないけど、それはとても不自由な生活で、そんな思いをしてまで体の痛みを抱えて生きていきたいのだろうか、と考え込んでしまいます。

長々とすみませんでした。
コメント、とても助かりました。

羊男
羊男
さん
羊男
羊男さん

他人に発見されるような状況での自殺行為ならばそれは突発的なものでしょうから止めるでしょう。
生き延びたあとのサポートは医療機関や福祉制度の範疇であり個人がどうこうするものではありません。
そして確実に死ぬための計画と準備を調えての自殺は止めようがありません。

質問者のコメント

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雪うさぎ
雪うさぎ
さん
雪うさぎ
雪うさぎさん

同意です。が、少々状況にもよりそうです。

私が自殺者の立場なら安楽死に賛成(止めないで欲しい派)です。本人の明確な意思と希望によっての自殺は、それを止めることは最善ではない気がします。生かされて放置されるのは地獄です。

一方、自殺行為(未遂)は大きく分けて、「本当に死にたい場合」と「本当は誰かに助けて欲しい場合」があると思うのです。そうすると、積極的安楽死が推進された場合、後者の方々が救われない事例が出てしまうのが不安です。自殺者がどちらの立場なのか周囲が判断する必要がありそうですね。

質問者のコメント

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羊男
羊男
さん
羊男
羊男さん

そのご友人も実行前に負け猫さんやパートナーに連絡をしているということで死にきれなさがあったのかと思います。
それが無意識にせよ意識的になのかわかりませんが。
死亡確認のために連絡というのならば、事後につくように時間差で連絡をする方法もいくつか思いつきます。

また自殺を止めることがエゴかとうかでお悩みですが、その方はパートナーを残し、それを負け猫さんに一方的に託し、しかも死体の第一発見者になってくれと頼んでいますね。
これ、かなり自分の都合を優先していません?
自殺を止めるのがエゴならば、死後のことを他人に押し付けるのもエゴです。

そんなことを言い出したら人間の自意識=エゴなのでキリがないですが。

ナバリン
ナバリン
さん
ナバリン
ナバリンさん

私は止めるべきと考えています。

救急車を呼べる状況ということは、偶然現場を発見できたか、或いは本人から何か予兆やメッセージなどあったのではないでしょうか。
問題は後者の場合です。本当に死ぬ意思が強い人は、特に本人が冷静であるほど、誰にも悟らせないよう行動に移すのではないでしょうか。周囲に何か伝えていたとしたらそれは本人の心に迷いがある、死にたい気持ちの中にも生きたい気持ちがまだ残っているんだと考えます。
迷いがある以上、取り返しのつかない自殺行動は阻止すべきと考えています。

自殺してしまう人は周りが止めても、もし一度はたまたま助かったとしても、再び行動に及ぶでしょう。そういう意味で死ぬ権利を奪うことはできません。

蛇足ですが、自殺念慮の裏には(もちろん身体疾患に起因することもよくある)抑うつ状態が隠れていることが多くあります。精神科的なサポートの必要性には充分に気を配るべきかなとも思いました。

質問者のコメント

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陸人
陸人
さん
陸人
陸人さん

正直複雑です。
自殺されて悲しかった体験を他人にもして欲しくないというエゴと、自殺を止めたところで病気で長くないという状況を考えると、成功した方が幸せなのではという感情がせめぎ合うので。

自分が自殺という形で見送ったのは1人しかいませんが(治らない病気です)、自殺の直前の表情や会話を思い出すと生きることへの希望を完全に失っていたようには見えませんでした。希望を誰よりも望んでいるように感じました。
どの結末が幸せなのか、もしかしたらそれは本人にも分からないのかもしれないと思います。

ところで、ご友人の自殺未遂(違ったらすみません)など、いろいろあり心身ともにお疲れのことと思います。休めそうであれば、ゆっくりして下さいね。

質問者のコメント

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負け猫
負け猫
さん
負け猫
負け猫さん

追記

私が友人のパートナーに助けてほしいと言われて通報して助けてしまったのは、まだ友人と楽しい日々を過ごしたかったからかもしれません。

自殺を止めないなんて綺麗事で、本当は自分のエゴで助けてしまったのかもしれない。

友人は私なら本当に通報しないだろうと思って話してくれた気がするから、裏切ってしまったことへの罪悪感があります。

私はもっと一緒に楽しく過ごしていたかったから。私が鬱から回復してきて最初に仲良くしてくれた人で、これからも仲良くできると思ってたから。

うさぎ
うさぎ
さん
うさぎ
うさぎさん

私もまったくもって同感です。
私も、無理矢理生き返らされて、「生きるの楽しい」というまで病院に閉じ込められただけでしたが、やはり生き返らされたことは後悔です。
周りは「助かって良かったね」などと言いますが、人一倍きちんと頑張っている私からすれば嘘もつきたくない私からすれば、生きること自体がとても大変なのです。
入院したときも、いい子ばかりでした。

質問者のコメント

やっぱり、人一倍苦労して頑張ってお金もかかって生きて行くことに、肯定感持てませんよね。

何不自由なく養ってくれる人がいて、精神的経済的サポートがあって、生活も面倒見てくれて、それでも体の病気は残ってしまう。

どんなにサポートしてもしても不治の進行性の体の病気は治らないし苦しくなるばかり。

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