頑張れている状態になると、高い確率で「父親に介入された自,,,

Cさん
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頑張れている状態になると、高い確率で「父親に介入された自分」というイメージが水を差してくる

頑張りがアドレナリンなのかテストステロンなのか知らないけど、そういう状態は自己実現欲や名誉欲のようなものも連れてくる。それら欲求と父親に流され(=自分の意思の放棄=逃げ)、その影響がもう人生から無関係にはできないことは相反する。だから摩擦が起きる

人生に100はない、と考える以外ないのはわかっている。でもここには構造的に難があると思う

頑張る、というは少なからず自分の必要や欲求を満たすための行為。自分は別にビッグになってやるとか素敵な人になりたいとか思ってない。ただ静かに平和に生きたい。そんな環境を実現したいだけだ(これも中々大層なんだろうけど)。でもテストステロンだかアドレナリンだか頭も体も回って頑張る状態は色んなイメージが渦巻いている。名誉やら自己実現やら承認やらも連想されるイメージとしてちらついている。それは不可避だ。少なくとも自分は

最低限の必要を満たすためだけに頑張ってるつもりでも、自己実現のようないらないものがついてきてしまう。そして自分の場合それは父親の介入による影響への不満を掻き立て、やる気を削ぐ

もし、父親の介入がなかったなら頑張れるのかといえば、わからない。膨らむ余計な欲は別の人間関係の軋轢を喚起して摩擦を生んでしまうのかもしれない。または普通に頑張れるのかもしれない。いずれにせよ、父親の呪いは取れない

回避方法はないかと考えればある。今自分は自分のために頑張っているけど、自分のためじゃなく誰かのために頑張ればいい

誰かのため、という大義があれば、そこに余計な欲が発生しても簡単にすり替えて回避できるから膨らまない。自分頑張る、相手幸せ、もっと頑張る、という好循環さえ期待できる。相手のためだけに動いて自分を犠牲にしてたら死んでしまうけど

まあそんな存在はいないのでできない

誰かのために頑張ることが好循環を見込みやすいのも、恋人、子供、家庭を求める理由の一端なんだろう
ただそれがなかなか上手くいかないからみんな悩んでるんだとして

結局、上手くいくかは運だ

瑕疵を受け入れるなら、人間だものと思うしかない

結局、みつをだ

頭の整理 生きにくさ

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