成人の安全基地の探し方・繋がり方を教えてほしいです。 安,,,

nonameさん
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noname
さん

成人の安全基地の探し方・繋がり方を教えてほしいです。
安全基地となる人や組織、環境と繋がれた方にお聞きします。
どのようにしてそのような方と会えましたか?



私は、30代の男性です。
以前から度々書いていることですが、僕は、大人の役割を一度おろし、全人的な庇護の対象となり、親のような親密性と継続性をもって寄り添い、支援をしてくれる人や組織、環境を求めています。
私が繋がりたい支援と理由については、こちらをご覧ください。
https://menhera.jp/qa/1565

上のリンクと同じ内容ですが、上記の人とともにいることで、地面に足をつけて「ああ、生きているっていいなあ」という原初的な実感を得たり、あるいはそれが永久に手に入らなくとも大丈夫なんだと言えるだけの実感を得られる関係を紡ぎたい。ただ生きることを大切にしたい。あるいは、こういう甘えたくなる気持ちが果たしてまともなのか、本当はもっと別のあり方を取るべきなのか、言語したくてもできなくなった想いをどう言葉にし、それを現実のものとするのか、いろいろなものが整理された後に、社会のどこに向けて繋がってゆくか……そういうところからわからなくなっている僕に、粘り強く寄り添ってほしい。
そういった安全基地となってくださる人、いち人間としての精神的な支えどころとなってくださる人、自分が正直でいられる人や組織、環境に繋がりたいです。

このサイトに来る方の多くが、今とても苦しんでいる状態で、本当はここで訊くことではないかもしれません。
しかしそれでも、何人かはこういう安全基地となる人や環境に繋がれたのではないか?と考えています。
その方にお聞きしたいのですが、あなたはどのようにしてそのような人や環境に出逢えましたか。
何か積極的な行動を起こされたのであれば、それはどこで、どのようにされましたか。
あるいは、今あなたはどのように繋がっていますか。回復されていますか。

ごく身近な関係の人、たまたま出会った人、会社で会った人、カウンセラーや行政やNPO団体の人、最初はそんな関係でなかったのにいろいろあってこのような関係になった人……。あるいは、そういう組織や環境。
どのような関係でも構わないです。
あるいはそういう人や環境に偶然巡り会えたとしても、人に対してどのような態度でいたから繋がれたとか、週一でこういうグループに参加していたから繋がれたとか、ここで相談したら繋がれたとか、そういう回答でも構いません。

もちろん、書いてあることすべてに100%当てはまるなんてなかなかないですし、「だいたいこんな感じの人かな?」と想定してくれたら十分です。「カウンセラーさんにこういうことを訊いてみたら?」「(具体的に)こういうところに行ってみたらいいよ」くらいの認識で回答しても構いません。

もう自分だけでは何をすればいいのかわかりません。
いっぱいいっぱいです。
だから、ここで聞いたことを、希望にしたいし、自分でできる具体的な方法として実践し、ちゃんと繋がりたいのです。
そこで、皆様の体験やお知恵を拝借したくて、このような質問をさせていただきました。
何か力になれるものがあればお聞きしたいです。
よろしくお願いします。



補足ですが、僕は現在カウンセリングに通っています。
思考の整理や自分の振り返りは行われますが、カウンセリングを重ねても、親密な人と繋がって日常を感じたい、そこから木の枝のように外に向けて活動したい、回復したいという気持ちは在り続けます。
カウンセラーさんも「私はそういう関係にはなれない」と言われるので、割り切って思考の整理のために(といってもただダラダラ喋ってるだけなのですが)通っています。



※ここでは、正論、道理、議論、徹底的な自助努力に偏った問題解決思考、論理親和的な対応、アドラー心理学的な対応、テレフォン人生相談的な対応、自分の弱さや傷を自分で受容する等の自助的な解決方法、「残念ながら、応えられる人はいない」「人は人を救えない」「考え方を変えればいい」「自分で動かなきゃ何も変わらない」「自分でなんとかするしかない」「大人でしょう?」「あなた大丈夫そうじゃない」「もういいじゃないか」「人は人、他人は他人です」「手遅れ」という正論・批判的な感想、また宗教(宗教の中に上記のような人や環境があるというのなら大丈夫です)やキャバクラを薦める意見は、一切求めていません。どうかお控えください。

※今の僕は、これ以上は言語化や文章を整理するのが難しいです。
自己開示も恐れて、書くに書けなかったところもあります。
わかりにくのは申し訳ないです。
もし、さすがにコメントのしようがない、せめてもうちょっとここは噛み砕いて話してほしいという方は、できる限り受容的な態度でお尋ねしてくださるとありがたいです。とても助かります。
逆に、端的に「◯◯とはどういう意味ですか?」「それであなたはなにが言いたいのですか?」「◯◯がどういうことなのか、具体的に言わないと何もできません」とだけ書かれた質問やそのような質問を連続して書かれるのは、非常に消耗するので、どうかお控えください。

※「私はものすごく質問者に正論や批判が言いたくなった」「私は問題解決的・自立的な解決に特化した回答はできるが共感的で受容的で寄り添うような回答は無理だ」と思われたのであれば、ご回答はどうかお控えください。

※大変排他的で、独善的で、欲張りで、上から目線なのは承知しております。
でもこのような設定をしないと、僕は自分のSOSが出せないし、耐えられません。
そして、あくまでも僕が受容を通じた支援、救済、自立を模索していることをご理解ください。

安全基地 家庭関係・人間関係

回答一覧

うらる
うらる
さん
うらる
うらるさん

こんばんは。はじめまして。

お悩みを拝見させて頂き、ひょっとしたらヒントになることがお伝えできるかもしれないと思ったので、失礼いたします。

わたしは、社交不安があるためか、いまはこの回答があなたの害とならないか非常に心配しながら書いております。

読みながら、受け入れ難いとかつらいなどと感じたら、この回答は遠慮なく無視をしてくださいね。

前置きが長くなりました。

安全基地が欲しいというお気持ち、とてもよくわかると思います。わたしの基本的な安心という感覚を決定的に失ったのはほんの数年前ですが、とにかく緊張と疲労、不眠からのうつ状態悪化が著しくて苦しかったです。

まず、わたしの今の安全基地はひとりぐらしの自宅です。
この時点で、質問者さんが欲しい情報とは少し違うのかもしれません。でも、安全基地でなかった場所が安全基地となった経験という意味で参考になれば幸いです。

順を追って述べますので、長くなってしまいますが、よければ読んでみてください。

最初にわたしが不安や恐怖で足元がまっくらになっていたときは、その自覚がありませんでした。

どうも身体症状からボロが出る性質のようで、低体温と腰痛に悩まされてお灸や整体もやっている整形外科のクリニックに通ったことがきっかけでした。
そこで、うつの病歴があることは話していましたから(腰痛は精神的なことが原因なことがよくあるそうです)、腰の症状がなかなか改善しないことに加えて、理由もわからずに涙が出るようになったことから、お医者様に精神科にかかるつもりなので転院しようと思う旨を相談しました。

すると、お医者様からよいクリニックがあるから紹介状を書いてあげると申し出がありました。

そのメンタルクリニックが、わたしの安全基地確保のきっかけでした。

そこではまず、辛かったですね、もう大丈夫ですよ、と先生に声をかけられました。
そのときは仕事がつらく、職場の人間関係がストレスで、でも、そういったことはどこに行ってもあるから、どうしたらいいのかもうわからない、と言いました。
すると、先生から家族構成の質問をされ、答えていくと、役に立つかもしれないからとアダルトチルドレンと機能不全家庭のお話をしてくださいました。知りたいならいい本があるからと、クリニックでされていた無料貸し出しの専門書を薦めて頂きました。

借りたはいいものの、気力も頭の回転も低下していたのですぐに読みはじめることは出来なかったのですが、通院しながら一年くらいかけて大体に目を通しました。

その間に仕事を辞めたり身の回りを整理するために、他人と関わらなくてはならなかったので、週に一度、一時間の訪問看護サポートを受けることになりました。

訪問看護の担当の方は、安心感がないために全身が緊張で凝り固まったわたしのマッサージもしてくれたり、担当の方がアロマテラピーに詳しかったため、好きと思える、落ちつく良い香りがあればよいのではないかと一緒に考えてくれました。

幸い、近所にアロマオイルを扱っているお店があったので、色々と嗅ぎながら何日かかけてお気に入りのおオリジナル配合に出会うことができました。このあたりの外出や店員さんとのやりとりもかなり緊張しましたが、楽になりたいという目的があったので頑張れたと思います。

そうして、ホコリやゴミだらけのお部屋を少しずつ掃除し、やさしい香りに包まれて眠ると、ただ眠剤で眠るより緊張が薄れた気がして、それを看護師さんが訪問したときにお話すると一緒に喜んでくれました。

……こう書くと、安全基地は看護師さんやクリニックの先生ではないのか、と思われるかもしれません。

確かに、その方々は本当によくしてくださり、たくさんたくさん、わたしを助けてくれました。

ですが、それでも、わたしは心の中ではみなさんを完全に信用することはできていませんでした。
医療者の方はお仕事ですから、業務上のきまりがあって、わたしをケアすることができるスキルあってはじめて良好なやりとりができるだけの他人に違いはないというのが今も昔も変わらないわたしの考え方です。

そもそも、わたしには人間関係をわたしが予測する「相手の損得」によって関わったり身を引いたりするという対人行動を決めるという癖がありました。
役にたたないなら、相手に利がないなら、わたしと関わるには相手の善意が必要で、そんな不安定さに頼るのは嫌だという認知の歪み、なのだと思います。

これはなかなか払拭できません。

だから、自宅に良い香りがただよう時間があり、床に落ちた髪の毛やPCまわりねホコリに気づくようになり、体にかゆみを感じるようになって自分からお風呂に入る頻度が増え(それまで外出がなければ平気で一週間以上入らずにいれました)、体の懲りを自覚できるようになって看護師さんから教わったストレッチをやるようになり、寝具を

そうして半年ほど過ごしていくと、わたしは自宅を安全な場所と認識することができるようになりました。

























うらる
うらる
さん
うらる
うらるさん

(*途中で送信してしまいました!続きを述べます)
 


寝具をクリーニングして、せんべい布団をすこしふっくらさせたりしました。


そうして半年ほど過ごしていくと、わたしは自宅を安全な場所と認識することができるようになりました。

それからは、何かあれば自宅に帰ればなんとかなる、こわいことは起こらない、といううっすらとした安心感を手にいれたとおもいます。

きっかけは、いろんな医療者の方との関わり、そこから気づかされた痛みや不安感の自覚でした。
不安感はともかく、痛みなら取るために工夫ができた、というところが大きいかもしれません。

すきなこと、きもちのいい場所、ほっとするもの、すきなにおい、たべもの、生活に存在するいろんなものに好きとイヤを見直しました。
そして、睡眠薬や抗うつ薬のちからを借りて体力や気力をわずかでも回復させられたのが、工夫をしたり探したり取り入れたりする行動につながりました。

と、いうのがわたしの場合です。

投稿ミスも含め、長々とした文章で大変お見苦しかったと存じます。

ですが、何かの手がかりになればとおもいます。

それでは。


















質問者のコメント

うらるさん、お返事ありがとうございます!
別にお返事を書きましたので、お時間があればご高覧ください。
よろしくお願いします。

Rむぎむぎ
Rむぎむぎ
さん
Rむぎむぎ
Rむぎむぎさん


改めまして、回答失礼します。
私は広義的な意味も含めて、メンヘラとして当事者ではないので、実体験や「これが良い」というオススメは出来ないのですが、代わりに褒める事と分析する事が得意なので、そういった回答をしようかと思います。また、今後を模索する上で何かのヒントになるかもしれない話も書きます。

それぞれエリアを分けて固めて書いていきますので、必要なところの、受け入れられる部分だけ選り好んで読んでもらえると助かります。

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【あなたの良い所(褒める)】

まずですが、「過去に辛い回答を受けたにも関わらず、こうしてまたお悩みを投稿した事」が偉いことだと思いました。確かに様々な制約は引いたり情報を隠したりはしてしまっていますが、それでもそうした上で投稿しようと決意した事、投稿という形で「助けを求めた」事は素晴らしい事だと思います。他に手立てがなくて仕方なく消去法でというのもあるかもしれませんが、やはりそこは1つ褒められるポイントだと思います。

また、質問文や、過去のお礼などを見て、「物事を冷静に建設的に考えたり、前向きに捉える事が出来る」のも凄いと思いましたし、それに対して努力しようとする姿勢も素晴らしいと思いました。
前に進もうと思っても、実際には上手く進めなかったりするものですが、前に進もうと思う為にはやはり否定していては始まりませんので、その部分が出来ている事は大きいと思います。

それから、「人の事を思いやったり、感謝できる」所も長所だと思いました。自分がそうして欲しいから、というのもあるかもしれませんが、それでもやはり苦しい時にはアタリが強くなってしまう事もありますので、偉いです。自分の不備や、至らない所があるかもしれないという所まで考えを巡らせられるというのは、不安も持ちやすくはありますが、強みであると思います。

そして、「社会通念や一般的な価値観を理解し、自分の願望と分けて考えられている」のも凄いところだと感じました。辛い時、自分の願望を叶える為に立ちはだかる通念があったら、まずそれを否定して捻じ曲げようとしたくなると思います。これもやはり、諦めているというのもあるかもしれませんが、建設的に考える上ではそういった所を分けて考えるのは大事なので、そこが分けられている(客観視できている)のは凄いと思います。

あと、「思った事を、分かりやすく言語化できる」というのも強みだと思いました。色々と推敲はされている様なので、きっと時間は掛かっているのだと思いますが、言葉として理解しやすい文章が作れていると感じます。もしかしたら、本来は苦手な事で、今までの努力の賜物なのかもしれませんが、そうだとしたらそれはそれで凄いと思います。

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【分析と考察】

希望を持ちたい、とありますが、「希望を持ちたいという希望」は既に持てている様には思いました。これは「諦めきれない」という事でもありますが、そういった執着や願望は大事なので、大切にしてくださればと思います。

何となく、相談からは、「絶対的唯一の拠り所」を求めている様に思えるのですが、失ったり信頼が揺らいだりした時に1つだと心もとないので、拠り所に出来る場所は複数必要だと思います。
そういった意味で、ここのメンヘラ.jpも拠り所の1つと出来れば良いと思うのですが、閉じられた空間ではあるものの開かれている所でもあるので、まだ少し難しい部分があるのかなと感じました。
とはいえ、今回の投稿を仮に「Ya〇oo!知恵袋」に投稿するかと言われればそれはしないと思いますので、この質問投稿をする位にはこの場所を信用している様には思います。
相談で投稿するとTwitterにも流れるので、呟きカテゴリで「回答は求めていません(共感・寄り添いは嬉しいです)」辺りを添えて、練習を兼ねて呟くというのもここへの信用度を高める方法として無くはないのかなと勝手に思いました。

大きな願望としては「安心できるものが欲しい」という所ですが、希望に向かうにあたって、最初の回答に書いた2点が大きく阻害している様子なので、まずは遠回りになりますが、その2点を和らげる為に何ができるか、どうしたら良いかを相談するのも必要かと思いました。そしてその2つも、もっと問題としては分解できるのだと思います。(そしてそれらには、問答は必須でもあります)
nonameさん自身も気づいている様に、お1人で解決できる問題では無いので、苦しいとは思いますが、時には少しずつ情報も足して、助けを求める必要があるのだと思います。


質問文などからは、あまり自責のワードが見受けられなかったのですが、過去に「自信が無い事で心のバリアが無い状態になり、傷つきやすくなっていたと気づいた」という解釈を別の所で見て、個人的に成程と思った事があります。nonameさんが傷つきやすいという観点から見ると、傍目からはあまりそうは見えませんが、自尊心がそこまで高くは無い可能性もあるのかもと思ったりもしました。
とは言いつつ、私自身が「自尊心はあるが人の言葉に傷つきやすい」という人間なので、必ずしもそうでは無いかもしれないですが、そういった所があれば、そこを和らげる事で、相談しやすくなるという事にも繋がるかもしれません。

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【ヒントになるかもしれない事】

ただの疑問なのですが、「寄り添える相手」に、「恋愛」というのは含まれないのでしょうか。nonameさん自体が恋愛をするかどうかは別として、世の中には「自分は恋愛感情は持っていないけど、相手に好きになってもらって依存関係を作って心の拠り所にしている」というケースの方もいらっしゃいます。NGであれば、NGなんだなという事で1つの情報になりますので、もし考えた事が無ければ一つ想像してみるのも良いかもしれません。
勿論特定の相手を持つというのは別れが来た場合反動で辛くなってしまうので、必ずしも良い物ではないと思いますが、単純に人に対して依存するのであれば、少なくとも生死もありますので、「別れ」という可能性からは逃れられないかなとは思います。


心の拠り所としては、趣味というのも強みにはなりますが、そういった事も難しいでしょうか。趣味きっかけで信頼できる人と出会えた、というのはありがちではありますが、1つ可能性としてはあると思います。そういった趣味を、大きな開けた場所でなく、小さな少し閉じられた世界で共有して楽しめる場所や繋がりがあれば、そこで少しガス抜きが可能になるのかもしれません。


私の母の話になりますが、離婚もして様々な事でボロボロになって長年療養していましたが、様々な依存先に支えられ、本人も努力して、アラフィフ?(正確な年を覚えていないのですみません)を過ぎてから、今年職場復帰して働いています。
依存先としては、入り浸っていた近しい経験のあるママさんのいるお食事処や、恋愛相手(勿論、悪い所もある人)、そして遠く離れた場にいる娘である私、病院さんと、後半は何か同じ様な境遇の人達が集まる場所にも行っていた気がします。(曖昧ですみません)

色んな拠り所を頼りにしながら、精神を鍛えていくうちに、その内のいくつかは改めて見ると「えっ、こんな所だったっけ!?幻滅~!」とか「素敵な人かと思ってたけど、全然ダメ!」という風に見方が変わって、利用しなくなったものとかもあったりします。それは過去の彼女には必要でしたが、ステップアップする事で必要で無くなったという事なのだと思います。そういった意味でも、拠り所を複数持つ、または乗り換える、という事は選択肢として心にとめておいた方が良いかもしれません。

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お礼は義務ではないので好きにして貰って構いません。
なにせ情報がないので、既にやっている事や的外れな事も含んでいるかと思います。
文中に疑問などもありますが、回答しなくても問題ないです。

少しでも良い方向に向かえますようにお祈りしています。

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

うらるさんの回答と、過去のnomameさんの様々なやり取りを読んでいて思ったのですが。

カウンセリングによって、考えを柔らかくしていこうっていう方向を少し考えられるようになられてよかったですね。

安全基地を探しながら、また安全基地に入るとしても、身に付けておいて邪魔にならないっていうか、すんなり自分のその時感じている感覚を自分で拾い上げられるレベルに感覚を研ぎ澄ましておくのは、いいことなんじゃないかなぁ?と、お見受けしたのでコメントしてみました。
自分が感じていることを都度、サポートしてくれる人に伝えることは、サポートを受ける上で必須ですが、まずは自分が自分の感じていることをうまく拾えないでいたら、どうしようもありませんよね?

私は、これで、自分の感じてることに如何に自分が無自覚でいて、自分が自分を無視して疎かにしていたのかに、気がつけました。
以前、廣瀬クリニックの動画を紹介いたしましたが、その中にあった「自分を感じる練習」みたいなことをすると、「え?そんなんでいいの?」みたいな、ただ、風を感じて散歩するとか一人外食とか、そういう単純なことで、今まで眠ってた感覚を研ぎ澄ますことができました。

安全基地を探しながら、お気が向いたら試されてみるのもご一興かもしれませんよ?

質問者のコメント

まめさん、よくお返事していただき、ありがとうございます!
別途回答を書かせていただきましたので、そちらをご覧ください。
よろしくお願いします。

noname
noname
さん
noname
nonameさん

nonameです。
みなさん、ご回答ありがとうございます。
すべての回答に目を通しました。
こんな制約だらけの質問でしたが、どの回答も、とても丁寧に考え、伝えようとしてくださるのがわかりました。
現在すぐにお返事が返せない状況ですが、必ずお返事しますので、今しばらくお待ちください。
よろしくお願いします。

Rむぎむぎ
Rむぎむぎ
さん
Rむぎむぎ
Rむぎむぎさん

nonameさんこんにちは、回答失礼します。
過去の質問・回答やお礼を拝見して、nonameさん自身はとても優しく本来は頭も回る方なのだと感じました。恐らく環境や傷ついた経験によって、生きづらくなってしまったのだと思います。

少し、nonameさんの求める回答とはズレると思うのですが、
これから回答する方の為に状況を私なりに箇条書きしてみます。
(解釈の違う部分もあるかと思うのでそこはすみません)

────────────────────────
・全てを受け入れ安らぎを与えてくれる人ないし場所を見つけ、そこから一緒に少しずつ人生をリスタートする道のりに繋げていきたい。
・自分から助けを上手く求められない(過去よりは幾らかマシにはなってはいる)
・頭が良い事と、過去の経験から傷つけられる事を先に想像してしまい、尚且つそれを受け止められる程強くも無いので、臆病になっている。(実際傷ついた事もある)
・カウンセリングには通っており、それはそれで必要だとは感じているが、それだけでは満たされない。
・子供の頃に助けを求められたら良かったが、手遅れになってしまい、大人では寄り添って貰える支援や場所が少なくて途方に暮れている。

・自分が何をしたいのか、どうしたら良いのか分からず、生きている実感もなくて辛く、セルフネグレクトをしてしまう時も度々ある。
・中学生の頃までは、生きている実感と安心感があった。
・自分の事を考えようとすると、負荷が掛かるので、上手く言語化できない部分が多い。
・父は依存傾向があり、弟も引きこもり、母はそれらの対応で疲弊している為、家族は頼りにできない。(第三者の強い介入でもなければ厳しいと思う)
・恐怖もあり、自分の事を開示できないが、情報があった方が良い事自体は分かっている。(でも出来ない)
・自分なりに、恐怖を突破しようと考えたり、良さそうな本を読んだりはしている。(メンヘラ.jpのTwitterなども見ている)
・自分の考えている事の整理が上手くつかず、それ故に打開策も上手く見いだせない事もつらい。
────────────────────────

色んなものが絡み合って複雑になっていますが、
「自分の考えが整理できない(考えようとすると負荷が掛かる)事」
「過去の経験から、過度に臆病なり情報を開示できない事」
この2点が、問題としては一番大きく、本来の希望への道筋を阻害しているものなのだと思います。

また、
「生きている実感を取り戻したい」
「心から安らげる関係・環境が欲しい」
「少しでも良いから希望が欲しい(助けて欲しい)」
というのが願いとしてあると思いました。


私自身の回答はまた時間が掛かりそうなので、別で書きたいと思います。

過去に辛辣な回答を得た事がある為に色々と回答に制限が敷かれていますが、nonameさんにとって良い情報を持っている方が、それらを見て「躊躇して書き込まない」という行動をとってしまわないか、という所は少し不安です。(責めている訳では無く、そういった悲しいすれ違いが無いといいなと思います)
もし回答を躊躇っている方が居たら、nonameさんの過去の回答へのお礼対応や、何処までがセーフラインなのかを見極めて判断した上で回答して貰えるといいと思います。

質問者のコメント

Rむぎむぎさん、お返事ありがとうございます。
僕からのお返事ですが、長くなってしまったことをお詫び申し上げます。
また、読みにくいかと思われるので、回答を2つに分けました。
よろしくお願いします。

ぬろ
ぬろ
さん
ぬろ
ぬろさん

あまり安全基地自体の回答がなさそうなので回答したいと思います

デイケア
私は発達なのですが、通っている病院の発達向けのデイケアに通っていた時期があります。
同じ発達の人が揃っているので普通の人たちに混じるよりも自分の話を共感してもらえたり、人の話にも共感したりそういう考えの人もいるんだ、ということを知れてよかったです。そこは人の意見を否定することは禁止だったので否定されたりすることもなく、人と話すのは苦手でしたが慣れていくにつれ笑って話が出来るようになったり他の人とカラオケに行ったりなどするようになりました。

趣味のオフ会
私には10年以上やっている趣味があります。定期的にイベントやオフに行って仲良くしている人も何人かいます。私の仲良くしているグループは人の悪い噂話とかはしないし、途中調子が悪くなり1年ほど参加していない時期があったのですが1年後参加してみたときに「久しぶりー」と変わらず出迎えてくれたのが嬉しかったし、ここが居場所なんだと思えました。最初から居場所だと思えたわけではなく、参加し始めは「今日もうまく話せなかった…あんまり話しかけてくれなかった…」と落胆することばかりでした。でもそのグループでは上手く話せなくても誰もバカにしたりしないことに気づいてだんだん自分から話しかけたりも出来るようになり馴染むことが出来るようになりました。オフに行く前は攻撃的な人がいないか、愛想は良くても噂話好きな人がいないかという点に気をつけるのも重要です。

質問者のコメント

ぬろさん、お返事ありがとうございます。
別途回答を投稿しましたので、そちらの方をご覧ください。
よろしくお願いします。

noname
noname
さん
noname
nonameさん

うらるさん
お返事とお気遣い、ありがとうございます。
こちらも少しでもヒントになるものがあればという気持ちだったので、構いません!

生活に関わる一つひとつを大切にすることを通じて、安全基地をつくること。
これは僕も行なっています。夏前に、いらない家具、衣服、書類をすべて捨て、虫の湧いたドライフラワーを捨て、カーテンを漂白し、生活するにあたって必要なもの(ダイソーの留め具や収納ケース、ニトリのハンガーラックやカラーボックスなど)を集めて整理しました。同じ家のはずなのに、「健全な生活」という軸ができて、一気に住みやすくなりました。
小さなことかもしれませんが、環境は変わったという実感と、身の回りを汚したり関心を向けないことがここまで響くのかいう驚きは大きかったです。

医療者を安全基地として信用できなかったというくだりは、僕にも共感があります。
どんなに、仕事や経済の話から離れた、人間と人間との良好なかかわりを求めても、彼らには就業時間も規則も賃金も定年もあり、業務に求められるスキルというものもあります。善意も、そのスキルのうちに入るのかもしれませんし、そういう目で見てしまいがちです。"私"としてのつながりを持ちたくても、なかなか"公"でしか触れあえない。余談ですが、これは医療者に限らず、たとえば子どもの24時間を共にし、限りなく親に近い役割を担う児童福祉司なんかであっても同じ傾向にあります。
僕は、うらるさんの考えは、あまり損得だからととやかく言える気にはなれませんでした。
一方で、近年、その部分について多少噛んでいる一般書籍やSNS(主にツイッター)で話されてる光景が増えたように思えます。以前はあり得なかったことです。もしかしたら、将来は何らかの形で解決する日がくるのかもしれませんね。

脱線しましたが、自分の身の回りから安全基地をつくってそれを味わうことは、からだの感覚や安心感を育みますよね。現実として、そのように感じている人がいると知れてよかったです。
またコメントから、窓を開けたときの新しい空気やふかふかの布団の匂いのような、"からだ"を感じられたのがよかったです。そういったものが、文字通り生きていくうえで不可欠な要素なのでしょうね。
安全基地を求めつつ、同時に、自分なりにできる範囲から安全基地を育ててゆきたいです。

noname
noname
さん
noname
nonameさん

Rむぎむぎさん
機転を利かした回答、そして他の方への回答の際の留意点、ありがたいです!
思いもよらなかったので、驚きと共に笑みがこぼれてしまいました。

質問の回答の制限は、有益な情報とのトレードオフになりがちで悩ましいです。おっしゃる通りです。
僕は、こういう場所を、保健室や寄り添ってくれる特定の誰かとのやりとりのように使いたい気持ちがあって、事前の制限という形で、安心して相談できる環境にしています。それが他者に相談を戸惑わせ、悲しいすれ違いを引き起こしているのかもしれません。それでも、今は傷つきに耐えられそうにもありませんし、こういう形なら相談できるという実感もあります。もっとうまい方法を模索したいですね。

【あなたの良い所(褒める)】について
ありがとうございます。
僕は前向きでしょうか?自分の弱さや見せたくない部分を見せるのが怖すぎて、ブレーキ踏みながらアクセル踏んでるような感じです。しかし、それでもそう言ってくださるとありがたいです。解決してゆきたいですね
言語化はもともと苦手です。かなり力技で何とかしているつもりです。こちらの伝えたいことが伝わっているようならよかったです。

【分析と考察】について
希望を持ちたい希望!
これは持ち続けていたいです。
今の僕は、無気力や負のストロークで後ろへ向かう引力に、なんども引っ張られそうになりますが、どうにか耐えたいです。

「絶対的唯一の拠り所」を求めているのは、その通りだと思います。
しかし、もしもRむぎむぎさんが、「拠り所としての"機能"を分散させましょう」という意味で拠り所を複数持つことを提案したのなら、抵抗があります。役割がころころと替わってしまったり、機能をアウトソージングしすぎて、拠り所としての安定性を欠いたり、拠り所が誰でもいいものと認識したりする等で、拠り所としての存在感が希釈され、意味がなくなるのを恐れているからです。
僕は、支援者にはひとりの個人として、全人的に聴いてもらいたいし、受け止めてほしいです。
そういう意味で、小さな拠り所を複数持つと同時に、大きな拠り所も探して増やしたいです。小さな拠り所は、現実に一番やりやすいし、僕の想定にない出会いがあったり、関係が深まることでやはり想定しないかたちで道が開けるかもわかりません。メンヘラ.jpはそういう場所のひとつです。そのようなことを期待したいです。

Rむぎむぎさんは、僕が最も求めている希望は「安心できるもの」であり、それを「自分の考えがまとまらない」と「臆病で情報が開示できない」が阻害すると仰っています。
しかし僕は逆で、「安心できるもの」を求めるのは、安心して自分の考えを整理し、臆病であっても情報を開示するためです。いや、逆というか、自分を守り育て、人生を作り直すためにも、そのための支援と繋がるためにも、それぞれに「安心できるもの」がほしいです。
Rむぎむぎさんが、自分一人で情報開示と思考の整理することが安心を求めるための必要な条件だと言いたいのはわかります。けれど僕は、その条件が高いハードルに映ります。自分の心の底からの願いの言葉や真実の言葉がなかなか出て来ないことにイラつかせたり飽きられたり、出てきたものに対して被せてなにかを言われたり、バッサリ切られたり、諦めを突きつけられたりしたとき、一人で自分を支えられそうにないです。よく頑張った、今日まで生きて来られた、絶対に絶対に大丈夫なんだ、みんなそういうところがあるんだ、あなたに未来はあるんだ、一緒に考えようね、大丈夫だよ、大丈夫だよという、現実的に心身的に確かに感じられるような何らかの支援がほしく思います。

安心できるものは、自分を守り、育てなおすためにもほしい支援です。
しかしその前提の、"安心した支援を得るため"の安心できるものもあればな、なんて思います。 
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noname
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Rむぎむぎさん

【ヒントになるかもしれない事】について
恋愛は意図的に外しています。
最初から強い対等関係が求められるからです。
NGではないですが、余程のことでもない限り選びません。

趣味は、料理とYoutubeのゲーム実況動画の視聴と美術館巡りです。このうちゲーム実況動画のリスナーさんとは、食事に行ったりいろんなところを巡ったりします。ここで大きくて強い信頼を築くことは難しそうですが、それはそれとして、共に周遊した時間は、そのひとつひとつをもっと堪能したくなりました。今更青春みたいなことをやってましたが、いい時間でした。彼らは、「辛かったらいつでも声をかけてね」と言ってくれました。それでも言えないものは言えないのですが、何でもない日を楽しんだり、大切に想ってくれる人はいるんだという想いは、守ってゆきたいです。

拠り所を複数持ち、さまざまな拠り所に触れていくうちに精神が鍛えられ、乗り換えてゆくという選択肢は、考えてみます。

しかし、【分析と考察】についての返答に書いたように、一人の個人として、親のような大きな拠り所を求める気持ちは強いです。どうしても精神的に帰れる場所がない、自分より大きくて守ってくれるものがない、自助的努力を強いられる現状に「うっ……」と息が詰まってしまいます。"乗り換え"という考え方が引っかかってしまいます。そしてこういうことについて、たとえ僕が強くなったとしても、あまり「精神が鍛えられてよかったね」みたいなことも言われたくないです。そこは、精神さえきら得られれば大丈夫という考えはもっていません。
しかしそういうことを抜きにして、小さな拠り所から感じるもの、積み重なるものの手応えはあります。もしかしたら、大きな拠り所を探して、しかし成長するにつれて思った以上に小さかったり違和感に気付けたりして、新たな大きな拠り所を探す、というイメージは有効かも知れませんね。
これについて「はいわかりました」と言えないのですが、現状は上述した通り、小さな拠り所も大きな拠り所も、複数探して繋がりたいです。

自分は人の言葉に無防備かもしれません。
しかし長年守られない状況で、自分ですら整理できていない自分の状況を整理したり、自分のロックのかかった感情に触れたり、その想いを開示したり、相手に理解されにくいことを説得させるようなコミュニケーションや、自分の求める支援をイメージしたり、それを相手に求めたり、共に応えてくれる人や組織を探すコミュニケーションに難儀しており、そこで返ってくる当たり前の反応(「何を言いたいのかわからない」「人は人です」「元気そうでよかったじゃん」「自分でなんとかするしかない」)に消耗しています。
これを和らいで相談する方法ですが、受容と共感の態度をもって問題解決に臨む人を探します。しかしそのような人に会えるまでには時間がかかりそうだし運次第でもあるので、基本的には問題解決は脇におき、そのような態度で接してくれる人を探します(壁のような、カウンセラー自身が何も考えないような傾聴をする人は違います)。
また、質問にあらかじめこうしてほしいと伝えることで、会話環境を整えます。例えば最初に書いた、質問の制限がそれに該当します。今のカウンセラーさんにもお伝えしています。これはメンヘラ.jpでしかしていないのですが、リアルな会話でも、相手次第で応用できそうですね(そういう対応が苦痛な人もいるので、人は選ぶしやりすぎはいけませんね)。
また小さな拠り所で、微細でもいいから自己開示するなど、少しずつ自分は大丈夫だという感覚が積み重ねるのも、のちの大事な関係での相談で簡単に揺らがなかったり、うまくいかなかった時の帰ってくる場所と認識できたりして、大事かもしれません。別の方がおっしゃったように、似た境遇の方に会うのも有効ですね(どこにいるのと言われたら難しいですが)。

あまりこちらから積極的にはたらきかける方法でないのが課題ですが、これは引き続き考えてゆきたいです。
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