これからの人生、触れてはいけないキチガイとして扱われると,,,

ユーザー1209さん
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ユーザー1209
さん

これからの人生、触れてはいけないキチガイとして扱われると考えると辛くなります。

カウンセリングを重ねるにつれ、自分がどうして辛かったのかがわかるようになってきました。そひて自分がどれほど狂っていたか、どれだけ常識が無く、周りに甘え迷惑をかけていたからを自覚できるようになりました。

地元や高校までの友人とは距離を取りました。「あいつは社会でやっていけないキチガイだ」と言われている妄想が止まらないからです。実際「社会でやっていけない」「人間としてダメ」「刺激したくないから距離とってる」とは言われました。

今のところ、治療を進めつつ新しい人間関係を作るつもりでいます。そして仕事を探し、引っ越して別の県へ移り住む予定です。
これまでの自分に別れを告げ、新しい自分を作っていきたいし、勉強や旅行、スポーツなどやりたいこともいくつかあります。

しかし、過去の自分が如何に狂っていたか、どれだけ嫌われていたか、今もどんなに噂されているかを思うと、ふとしたとき死にたくなってしまいます。被害妄想が頭から離れません。自暴自棄になってしまおうかと思うこともあります

新しい人生を踏み出すことはやはり難しいのでしょうか。自分と向き合って新しい生活を送りたいです。
なんかしらのコメントが欲しくて、投稿します。

回答一覧

ダメじゃない
ダメじゃない
さん
ダメじゃない
ダメじゃないさん

こんにちは。
将来的に知らない土地で人生をやり直すって、すごく前向きな考えだなと思いました。
全体として前向きだと思います。

新しい人生を歩むと言うのは、簡単なものではないと思います。
しかしそれはaaaさんに原因があるとかではなくて、単純にステップが多いからです。誰でも、です。
ただ、少しずつ確実に足元のスモールステップを踏んでいけば、大体の人は可能なんじゃないかなと思います。
たまにこけることもありますが、そこから学んで、また一歩今度は転ばないように…みたいなのの繰り返しだと思います。

私が前に進む第一歩としてデイケアに通っていた頃、前の担当医が辞めました。
「これから先、あなたは病状悪化したり、入院したり、また元のような引きこもりに戻ってしまうこともあるかもしれない。しかし、それは前に進んで成長したからこそそうなったのであって、過去と全く同じに戻るわけではない。常に時計は止まることなく進んでいるのだから、過去に戻ることは絶対にない。」
と言うような言葉をもらいました。

aaaさんの心の傷は深く計り知れませんが、それでも今のaaaさんは過去のaaaさんと同じではないと思います。
既に、♥︎の数だけ背中を押されていますね。
上手く言えずごちゃごちゃになってしまいましたが、私も応援しています。

質問者のコメント

ありがとうございます。確かに以前よりも前向きになれているような気がします。ステップは多くこうして挫けてしまいそうになることもありますが、なんとかやっていきたいと思います

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

こんにちわ。
頑張って治療に取り組んでらっしゃるようでなによりです、と思って拝読しています。

気になる点があります。
よく『キチガイ』だとご自分のことを書いていることです。

「言霊」って言葉知ってますか?
言葉には魂が宿っている、とかいうの。
私は魂が宿っているとまでは思いませんが。
でも、言葉には影響力がある、ということは科学的にも証明されていることですよね?

『「社会でやっていけない」「人間としてダメ」「刺激したくないから距離とってる」』
こういう風に言われたり思われたりするからといって、『キチガイ』であるわけではありません。
『キチガイ』、つまり気がふれる、というのは、ほんとに滅茶苦茶になんにも分からなくなってしまう状態のことです。
こうやって文章でやり取りでくる状態をキチガイとは呼びません。

言葉は正しく使うこと、これ、”自分にたいしても”必要なことです。
自分のことであっても、現状以上に悪い呼び方をするのは、「人を不当に貶める行為」になります。毒になる行為です。

メンタル界隈でよく言われることに。
「反省ではなく改善を!」
というのがあります。
過去の自分の言動ことで悔やまれることもあるでしょう。
でも、「悔やんで反省」することは、「改善しようかな?」って思うところまでの原動力にはなりますが、改善に向けて動き出した後には改善に踏み出す“勇気”とか“根気”を削いで“継続性”をうしなわせてしまう恐ろしい力を持っています。
自分の中に「悔やみ」が出てくるのは誰でもあることです。
過去の自分の受けた感じたことを無にすることはできません。
無にすることは無かったこととして自分を否定することになります。
「ああ、自分はこんなに辛いんだな…」ということを認めるといいそうです。
「可哀想だったな」「辛かったよね」と、実際に声に出してもいいので自分にいってあげるといいそうです。
言霊の力、っていうか、感情の存在を自分という人間に認識されてるってことを言語化することで、自分で自分の感情をなだめるんです。
そうやって「悔やみ」を昇華していって、改善への力を弱めさせないようにすることが必要だ、っということが「反省でなく改善を」です。

…小難しいことを書きましたが。
複雑なこと困難なことに立ち向かうには、先ずは、メカニズムを把握しておくことが有効なことです。

ダメじゃないさんが書かれているように、スモールステップ、それに邁進しつつ、ごじぶんをなだめていかれるといいんじゃないでしょうか?

質問者のコメント

そういえば、いつからか自分のことを「キチガイ」だと言うようになりました。自分のことを悪く言い過ぎることも、毒になる行為なのですね。口から言葉が滑ることが多いので気をつけたいと思います。