思うがままに文を打っているので支離滅裂かもしれません、す,,,

残念賞さん
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残念賞
さん

思うがままに文を打っているので支離滅裂かもしれません、すみません。
23歳女です。根元の部分で他人を誰一人信用していないということに気付きました。

どうしても自己嫌悪が暴走してしまい、基本的に他人は自分に対してネガティブな感情を抱いているのだろうと思ってしまいます。複数人でいても自分以外のメンバーの仲の良さを見せつけられているような気がして、ああ自分は居なくても別に大丈夫なんだろうな、と勝手に思ってしまいます。

実際、自分は都合の良い人間としか扱われていないようにも感じ、(人間関係に見返りを求めているのもおかしいとは思うのですが)自分は他人との関わりを崩さないために身を削ってまで親身になっているつもりなのに、相手からの感謝はほぼ無いし、結局私は頭数合わせ以外では常にハブられています。相手の相談や私は受けますが、私が相談しても軽く流されたりしていることがかなり多いです。なので嫌になってリアルの知り合いには誰にも相談しなくなりました。

今は2,3人とやりとりがありますが、正直その中で面倒に感じることも多々あって、少し距離を置きたいとさえ思ってしまいます。しかしそのグループから離れるといよいよ私の周りに誰もいなくなってしまうような気がして、半ば依存のような状態になっている気もします。距離を置いてからまたそこに戻るなんてこともできる気がしません。私は地元を遠く離れているので、なかなか新しい友人を作る機会も時間も気力も無いです。

そう考えているうちに、自分は親も友人(?)も知り合いも、誰一人として信用していないんだなと気づきました。ただ私は一人で生きていけるほど強くありません。成人しているのだからこんな未熟な悩みなんて自分でどうにかして一人で生きろよ、と言われればそれまでなのですがなんかもう人間関係とかストレスとか何もかもが頭の中がぐちゃぐちゃでしんどいです。

なんだかもう全てが疲れてしまいました。何でもいいので皆さんからのアドバイスが頂けると幸いです。長文失礼いたしました。

人間関係 コミュ障

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羊男
羊男
さん
羊男
羊男さん

私も根本の部分で他人を信頼しているかというとしていません。
妻も、両親も、友人も、同僚も全て悪い条件が揃えば私にとって不利益になるのだろうと思っています。
同時に私もいついかなる状況であろうと他人の信頼に報いえるだろうという自信もありません。
人間はそこまで強くできてはいません。
他人を根本から信頼するというのはそれだけ難しいことです。
世間の人たちはそこを見ていないか敢えて見ていないふりをしているだけです。
だからあなたの他人を信頼できないというのはある意味では正しいと言えます。

できる対策は誰かが自分の期待に反することをしても、なんとかなるように期待を分散させておくことくらいです。

質問者のコメント

お礼が遅れて申し訳ありません。
私は無意識に限られた他人へ過度な期待をしているのかもしれません…期待を分散させる必要性はかなり感じました。
非常にためになるアドバイスありがとうございました。

まめ
まめ
さん
まめ
まめさん

羊男さんの言われているように。
自分含めて、人を100%信頼することはできないんですよね。
人間って不完全にできていますから。

けど、ご自覚のように、人は一人では生きていけません。

何でもそうですが。
たいていの物事にはグラデーションというものがあります。
0か100ではないんですね。
信頼することにもグラデーションがあります。
コンビニの店員のことはプライベートを打ち明ける程には信頼していませんが、お金を渡せるということは、それなりに商品を売ってくれるという信頼が成り立っているから、と言えます。
店員への信頼、と、家族、友人、への信頼とは、それぞれ信頼の濃度が違うものです。

それから、誰かを友と認定できるようになるには、それなりに挨拶を交わしたりコミュニケーションを図って信頼を築いていくことを積み重ねて一定以上信頼度数が上がることが必要ですよね?
そして、友と一言で言っても、全員同じ濃度で親しいわけではないし。

つまり、いろんなグラデーション濃度の信頼や親密度の人間関係を複数持っているのが、人間です。

あとは。
人から、ある程度信頼されるようになるには、こちらの側から、ある程度の信頼を開示していく必要があるそうです。
挨拶をすること、近くに座れたり、世間話を交わす、ちょっと自分のことを話してみたり、相手のことを訊いてみたり、あとは基本的な約束を守るとかのルールを守れることを示したり。これらを過不足なくフィフティフィフティで交わせるというところもポイントで、一方が多いのも侮りや疲弊が入るので必要です。
そういう事柄を安心してできることが信頼に繋がっていきます。
難しいですけど。まあ、たとえ親子夫婦の関係でも基本となる事柄ですから仕方ありません。
互いに適正な対価を支払わなければ適正な分量は受け取れないんですよね。

自分が未熟とかいうことよりも。
そういう手間暇かけること、人間関係にはグラデーションがあって互いに必要なことを何処までできそうか計りながら生きてく、っていうことがずっと必要なことなんだな、って思えればいいんじゃないでしょうか?

質問者のコメント

お礼が遅れて申し訳ありません。
確かに私は0/100思考が強く、表現がおかしいかもしれませんが、グラデーション思考で自他共に少しの欠陥を許すということをしなければと思いました。(それが自己開示にも繋がるかなと…)
自分を見直せるアドバイスどうもありがとうございました。