苦しみに慣れてしまった。数年前私は苦しくて苦しくて仕方が,,,

ぐぅさん
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ぐぅ
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苦しみに慣れてしまった。数年前私は苦しくて苦しくて仕方がなかった。毎日息が苦しくて「なんで皆は普通に息することが楽なのだろう」と何となく疑問に思いながら生活していた。それなのに何故か当時の私は「苦しい」という感情を抹殺してしまっていた。こうやって感情を押し殺した結果、「苦しい」に慣れてしまった。気の持ちようかもしれん。ふわふわしている。生きがいもなく。そんな毎日が私にとっちゃ「通常の毎日」なんだろうけど、まぁまぁ、ぼちぼちしんどい。
もう、辛くても幸せって思えないのかな

つぶやき 発達障害 ASD

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Rむぎむぎ
Rむぎむぎ
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Rむぎむぎ
Rむぎむぎさん

ぐぅさんこんにちは。回答失礼します。
感じていた息苦しさを、いつしか感じなくなったのですね。周りの日常は然程変わらないのに、という事で良いでしょうか。

「しんどい」と「苦しい」という気持ちは、一般的には同種のものであるかと思うのですが、ぐぅさんの中では違うのでしょうか。
苦しさを「全く」感じなくなったのか、感じる「ボーダーラインが変わった」のかというのも、また一つ考える余地があると思います。

今、「苦しいと感じなくなった事」が、ぐぅさんにとって良いものなのか、危険なものなのかというのは状況が詳しく分からないので判断できないのですが、基本的に苦しみというのは「慣れる」と言うよりは「麻痺する」ものだと思っています。

勿論、苦しみ続ける事は良くない事なので、それは無い方が楽だと思いますし、それによってぐぅさんが良い人生を送れるのであれば、それは良い事だと思います。

ただ、もしそれが麻痺しているという事であれば、自覚がないだけでストレス自体は蓄積されているという事になりますので、平気だと思って生き続けていると何処かでガタが来てしまうかもしれません。(或いは、既に何か起こっているかもしれません)

苦しさを感じなくなる事の欠点としては、苦しくならないものとの比較が出来なくなるので「何が苦しみの元なのか分かりづらくなる」という点もありますが、毎日息苦しいという事でしたら元々それは分かりづらかったかもしれないですね。

「辛くても幸せって思えないのかな」と仰っているので、つまりそれは「幸せを感じたい」という事なのでしょうか。「生きがいを得たい」という事なのでしょうか。

いろいろな事を諦めると、期待しなくて済むので感情はフラットになりますが、そういう所もあるかもしれませんね。

ぐだぐだと長く書き連ねてしまいましたが、ぐぅさんがより楽であればと思います。