死にたいと言ったらもっとつらい人もいる/生きたくても生きら,,,

あうあうさん
回答数
3
あうあう
さん

死にたいと言ったらもっとつらい人もいる/生きたくても生きられない人がいるとか言う人って何なんだ……。
ご飯残したらご飯食べれなくて苦しんでる人もいるんだよ!?とか言いますよねそういう人。
はぁ~!?って思いますよね!価値観の相違を感じる!つらさは相対評価じゃないし絶対評価でも無い、評価するものじゃないと思います。
何が言いたいかと言うと、もっとつらい人もいるから頑張らなきゃと思わなくてもいいんじゃないかなと思うってことです。言い古されてるけど。
自分よりつらい人がいたってその人と自分は違う人物で他人なんだから関係ないんだよな~って自分に言い聞かせています。有名人ができることは自分にはできないなと納得できるのに友人ができることが自分にはできないことは納得できないとか、友人とか自分と距離が近い人物はあくまで距離が近いだけであって違う人物、有名人と同じで出来ないことを認めるべきで、他人の庭の芝は青いから自分にできることを認めればいいのではないか。夜だからとりとめもなくグルグル考えてしまいますね。
眠たいのと初めて書き込みするので文章滅茶苦茶ですごめんなさい!

つぶやき

回答一覧

Rむぎむぎ
Rむぎむぎ
さん
Rむぎむぎ
Rむぎむぎさん

あうあうさんこんにちは。回答失礼します。

辛い事は本当は我慢しなくていいのに、我慢している人が沢山いるんですよね。
それで、「自分はこんなに我慢しているのに!」と言って他の人に当たり散らしたりする。
ストレスの発散の方向が大分間違っていると思います。でも、本人は気づけない。

もっと色んな人に優しい世界だったら、当たり散らす人もこんなに多くないんだろうなと思っています。

えめねう@tsurai
えめねう@tsurai
さん
えめねう@tsurai
えめねう@tsuraiさん

わかり手さんがとても適切なことをおっしゃられていますので引用してみようと思います。
「みんな違って、みんなつらい」
これに尽きると思います。
ただ相手を苦しめるだけの言葉は、適度にシャットアウトしていきましょう。

揚げ豆腐
揚げ豆腐
さん
揚げ豆腐
揚げ豆腐さん

つらさは相対評価でもなく絶対評価でもない、って上手い方いいますね。その通りだと思います。ある対象に対してある人が辛いことと、他の人がその対象に対して辛いかどうかは比べてどうってもんじゃなく、それぞれ独立した問題です。
それが分からない人は、この国では特に多いなぁと思います。個人主義ではなく、団体主義が好きな国民性というのも関係しているのではないでしょうか。